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【再掲】それいけコロンブス

この旅が始まって既に三週間あまりが経とうとしている。船員達のフラストレーションはピークに達しつつあった。無理もない。そもそも向こう岸があるのか自体が怪しいわけで大方の予想どおりやっぱり新大陸なんてありませんでしたということになると、この航海はただの身投げに等しい。晴れることのない不安と不満を抱えたまま船はただ海を西へ進む。

やがて今日も水平線に日が落ちた。三六〇度見渡す限り水平線なのだから水平線の他に日が落ちる道理はない。船員達は夕食を終えるといつものようにミーティングルームに召集される。今日のミーティングルームは机が全て撤去されており椅子が大きく円形に並べられているだけで、船員達は戸惑いながらも各自仲の良いもの同士固まって好きなところに着席していった。全員が揃ったところで円の中心の大きなスペースに立っていた船長がみなにリラックスを促そうと腕を大きく拡げながら叫んだ。

「はい、じゃあ、みんな集まったようなので、はい! 今日は! はい、フルーツバスケットをやりたいと思いまーす!」

コロンブスの笑顔は目が笑っていなかった。

「はい、じゃあ! はい! 誰かこのゲーム知ってる人ー?」

コロンブスは挙手を求めるジェスチャーでぐるりと船員達を見回したが誰ひとり微動だにせずみな一様にコロンブスを睨みつけていた。誰も手を挙げてくれないのでコロンブスは三六〇度から満遍なく突き刺さる冷たい視線に晒されたままルール説明を始めた。

この船員達のストレスを少しでも発散させようと考案された夕食後のレクリエーション作戦は完全に失敗だった。そのことはコロンブスも薄々理解している。しかしこの作戦にはもう一つの狙いがあった。

コロンブスは船長であって航海士ではない。つまり帆船の運転を実際に取り仕切るのはコロンブスではないのだ。そうなると「西へ真っ直ぐ」くらいしか指示することのないこの航海において、どうにかして船長の威厳を示さなくてはいつか反乱が起こるということもまた事実だった。そこでコロンブスが船長の面目を保つため仕切りの手腕を見せつけるべく設けたのがこのレクリエーションの場というわけだ。

そういう意味でこの作戦は二重に失敗していた。

船員達の無言のプレッシャーに押し潰されそうになりながらもコロンブスはカンペをチラ見しつつルール説明を続けた。もともと人前で喋るのが得意ではないのだろう、コロンブスの喉は緊張で渇ききっているようで時たま声が掠れる。コロンブスが咳ばらいをする度に背後から舌打ちが聞こえた。実際に一度やってみたら簡単に理解できるフルーツバスケットのルールを口下手のコロンブスが必死に口で説明するその時間は永遠にも感じられた。コロンブスに取っても、船員達に取っても。何よりみんなルールくらい知っていた。

「はい、それじゃあ実際に始めますが、はい! 実は、今日は負けた人には、罰ゲームを用意しました。」

一体何をもって負けなのか、コロンブスの口からは説明されていなかったが船員達は俯いたままだった。

「はい、えー、負けた人には明日、この場で手品をしてもらいます。だから、一夜漬けで練習しなくてはならなくなります! ……でも難しくないから安心して下さい。ちゃんと練習すれば誰でもできます。証拠としてまず僕が御手本を見せたいと思います!」

お前が今やるのかよ、と全員が思った。コロンブスはトランプを取り出した。

「はい! では、はい! じゃあ、まず、あなた! まず、この中から好きなカードを一枚選んで下さい。」

コロンブスに指名されたその船員は、突き付けられたそのカードの束の中から好きなカードを一枚選ばなかった。とどのつまりシカトした。コロンブスは下唇を噛んだ。しかしこの程度で諦めるコロンブスではない。何せ先週は円座になった船員達の周りをハンカチ持って1時間うろうろしたコロンブスだ。今度はその隣に座っていた甲板長に無言でカードを突き付けた。甲板長は目を合わせようとしないコロンブスの顔をじっと見つめ、やがて溜め息まじりに呟いた。

「船長、もうやめましょう。」

「……何がさ。」

仕切り口調をやめたコロンブスは涙目だった。甲板長は、あくまで穏やかな調子で続けた。

「船長が、俺達のことを思ってこういうのを企画してくれてるのはわかります。でも、はっきり言って逆効果なんです。ただでさえ、日々の航海で心身共に疲れきってるっていうのに。そのうえ、こんなレクリエーションに付き合わされて。もし、こんな航海の最中じゃなかったら少しは俺達だって楽しめるかもしれないですよ? けど」

そこでコロンブスが口を挟んだ。

「いや、でもこんな時だからこそさ」

コロンブスが言い終わるのも待たず、言葉を遮られた苛立ちからか今度はまくし立てるように甲板長が言い放った。

「だから、それもわかりますよ! わかりますけど、みんなそんな気分じゃないんですよ! こんなことして楽しめる気分じゃないんですよ! 悪循環になってるのがわからないんですか!」

最後の方はもはや怒鳴り声と言う方が正しかった。後には重い沈黙だけが残った。誰ひとり口を開く者はいない。やがてそれまで固く目を閉じていたコロンブスは、瞼をゆっくりと持ち上げ遠くを見やるとぽつりとこう言った。

「航海でイライラするからレクリエーションが楽しめないのか、レクリエーションが楽しめないからイライラするのか。卵が先か、鶏が先か。まるでコロンブスの卵だな。」

みんながそれはお前の卵じゃねーよ、と思った次の瞬間、コロンブスの背中にトマトがぶつけられた。どうせ名乗り出ない犯人のいる方に振り返りながらコロンブスは早く新大陸に着いてくれないかな、と思った。

辛い航海だがコロンブスは決してくじけることはないだろう。何故ならコロンブスは新大陸は必ず存在すると信じているのだから。